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実家の本棚シリーズ③.
祖母の葬儀で親鸞と蓮如の二人の言葉が出ていたため、興味を持って読んでみた。
どちらも浄土真宗だが、目的の違いが面白い。
親鸞の場合はあくまで自分という一人から生まれる人間的「苦悩」と対峙し、それを克服するための宗教を開いた。
対して蓮如は、民衆の「悲苦」、多くの人間の関係から生まれる悲しみや苦しみを取り除くため、親鸞の教えを正しく理解させ、民衆に広げることに一生をかけた。
どちらも結果として民衆を救うことにつながるが、その出発点は微妙に違う。
一人の人間の苦悩が、深く深く掘り下げられることで普遍性を持ち、その教えが多くの人間を救う。
それは洗練されて様式となり、多くの人間の考えや行動に影響を与え、生活面でも同一性を持つ集団を形成していく。
蓮如の場合は、既に存在していた民衆の集団単位である「惣」を活用し、それを浄土真宗の信仰集団である「講」に変えていった手法が画期的だったと言われる。
現代の日本でも、祖母のように宗教的かつ地縁的なコミュニティを重要視するだけでなく、それを頭ではなく身体のレベルで日常化している人は、少なからずいるだろう。
宗教は人間理解を進める上で非常に興味深い題材であり、その思想性のみならず身体性によっても私達に多くのことを語りかけてくれている。
実家の本棚シリーズ。
大江健三郎がコドモに向けて書いたエッセイ集。
「なぜ子供は学校に行かねばならないのか」など、子供や大人が持つ疑問に大江健三郎が丁寧に優しく答えていく。
「大切な問題は、苦しくてもじっと考えてゆくほかありません。しかもそれをするのはいいことです。
たとえ、問題がすっかり解決しなかったとしても、じっと考える時間を持ったということは、
後で思い出すたびに意味があったことがわかります。」
とても難しい問題にぶちあたっても、「ある時間待ってみる」ことの積み重ねが予想もつかなかったような問題の解き方を与えてくれること。
大人になっても子供の時と変わらず自分なりの原則を守り、そのことに誇りを持ち続けること。
「生きてゆくという大きな数式をといていく」過程の中にある子供や大人にとって、優しく心強いヒントがたくさん書かれている。
本の最後で、年をとった大江が子供の頃の自分に語る言葉がある。
一人の人間の成長が生まれてから死ぬまで続くことを信じられる強さは、大人になってからの方が大事かも知れない。
「きみは大人になっても、いま、きみの中にあるものを持ち続けることになるよ!
勉強したり、経験を積んだりして、それを伸ばしてゆくだけだ。
いまのきみは、大人のきみに続いている。
それはきみの背後の、過去の人たちと大人になったきみの前方の、未来の人たちとをつなぐことでもある。
きみはアイルランドの詩人イエーツの言葉でいうと、『自立した人間』だ。
大人になっても、この木のように、また、いまのきみのように、まっすぐ立って生きるように!」
先日古本屋で見つけて購入。やばいくらいに面白い、食についての個人エピソード集。
嵐山吉兆の徳岡さん、ミクニの三國さん、コムシェヴの古賀さんなどメジャー系の人から、ホテル・ゴルフ場・和菓子屋・ベルギーの豆腐屋など、食やサービス業に従事する人たちの人生のドキュメント。
一流と呼ばれる人たちが、どれくらいギリギリの状況から這い上がってきているか、どれくらいの覚悟を持って進んできているかを、改めて思い知らされます。
そして、僕らがレストランやホテルやお店に行くのは、やはり単に食べ物やお酒を摂取するためでなく、その背後にある色々なものを合わせて味わっていることが、こういう凝縮した形で出されるとよくわかります。
また、お客様を喜ばせること、その中でも自己表現をしていくこと、「美味しい料理」「良いサービス」とは、本当はいったいどういうことを言うのか、本質的な部分に迫ることが出来ます。
素晴らしいです。レストラン・食・サービス業に興味がある人は読むべきです。
自分の思春期に非常に強い影響を与え、存在を肯定し、救ってくれた二人の対談。
この二人がいなければ、自分の人生は結構違ったものになっていたと、今でも思います。
二人が話すなにげない言葉に隠された、河合隼雄の大きさと、吉本ばななの鋭さよ,,,。
人生に対して正面から向き合おうとする真摯な態度、それゆえの周囲との齟齬、深い孤独。
そういう人たちに、「それでいんだよ」と語りかけ、そこから生きることの本当の意味を見出すまでの「過程」をこそ慈しむ姿勢。
ともに目に見えぬものと時間が流れていくことの力を信じる二人の対談には、人生に対する深い理解が平易な言葉とリズムで書いてあります。
きっとこれから、ことあるごとにこの本を読み返すでしょう。